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最高裁判所第一小法廷 昭和49年(オ)668号 判決

主文

原判決を破棄する。

本件を仙台高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人小野由可理の上告理由について。

原審の確定した事実によると、被上告人より上告人に対する債務名義として仙台法務局所属公証人柳瀬大三作成昭和四四年第一〇四五号公正証書が存在し、右公正証書には、上告人が昭和四三年一〇月三一日被上告人から自動車二台(登録番号宮四ふ九八五八及び宮四ふ九八五九。以下、九八五八号車及び九八五九号車という。)を買い受け、(1)代金は車両販売価格二一二万円と割賦手数料四〇万三九八〇円の合計二五二万三九八〇円とし、(2)右代金のうち三〇万円を頭金とし、被上告人が上告人から下取りした車両の価格二〇万円を控除した一〇万円を契約と同時に支払う、(3)残金二二二万三九八〇円を、昭和四四年二月二八日限り四万五九四〇円(第一回分)、同年三月三一日限り九万四八六〇円、同年四月から昭和四六年一月まで毎月末日限り九万四六九〇円ずつ分割支払う、(4)自動車の所有権は上告人の本契約上の債務が消滅するまで被上告人に留保する、(5)遅延損害金を日歩一〇銭の割合とする、(6)被上告人は暇疵担保責任を負わず、自動車の修理費、公租公課は上告人の負担とする、(7)上告人が割賦代金の支払を一回でも怠つたときは、被上告人は、催告を要せずして契約を解除することができ、この場合、上告人は直ちに自動車を被上告人に引渡し、売買価格から返還された自動車価格を控除した額を損害賠償額として法定利率による遅延損害金とともに支払うことを約した旨の記載があること、及び右公正証書記載のような内容の売買契約が上告人と被上告人間に成立したことはいずれも当事者間に争いがないというのである。

そして、本訴において、上告人は、第一回の割賦代金支払期限である昭和四四年二月二八日の前である同月二日に、右二台の自動車のうち九八五九号車の故障修理を被上告人に依頼したところ、被上告人は、上告人においてその修理代金の支払義務がないにもかかわらず、違法に留置権を行使してこれを引き取つたまま上告人に返還せず、また、被上告人は同月二一日に上告人に無断で上告人の作業場より残りの九八五八号車をも持ち去つてしまつたので、上告人は第一回の割賦代金の支払をしなかつたのであつて、右不払は上告人の責に帰すべからざる事由によるものであるから、被上告人のなした売買契約解除の意思表示は無効であると主張し、右解除に伴う被上告人主張の上告人の債務は存在しないとして前記債務名義に基づく強制執行の不許を求めたものである。

これに対し、原審は、仮に被上告人において本件自動車を留置し、もしくは、引揚げたことが上告人主張のように違法であるとしても、そのことを理由に上告人から被上告人に対し右自動車二台の返還もしくはこれに代わる損害賠償を求めうるは格別、右自動車二台は一旦売買契約に基づき上告人に引渡されたものである以上、被上告人の右自動車返還義務と上告人の代金支払義務とは同時履行の関係にあるわけではないから、上告人としては第一回の割賦代金の支払を拒みうるものではなく、したがつて、上告人は右第一回割賦代金の支払期限たる昭和四四年二月二八日の経過とともにその責に帰すべき事由により履行遅滞におちいつたものであると認定し、これに反する前記上告人の主張を排斥したのである。

しかしながら、自動車の割賦売買契約において、売主が、一旦売買の目的たる自動車を買主に引き渡したが、その第一回割賦代金支払期日前に右自動車が故障したため買主より修理を依頼され、その引渡を受けて修理を完了しながら、何ら正当な事由もないのに留置権を主張してその自動車を買主に引き渡さない場合、あるいは、何ら正当な事由もないのに第一回割賦代金支払期日前に買主の手許からその意に反して売買の目的たる自動車を引き揚げてしまつたような場合には、売主において再度当該自動車を買主に引き渡す義務があるものというべく、売主がこの義務を履行するまでは、公平の理念に照らし、買主は自己の債務たる割賦代金の支払を拒むことができ、その不払につき履行遅滞の責を負わないものと解するのが相当である。そうすると、これを本件についてみるに、原審としては、上告人の前記主張に鑑み、九八五八号車についての被上告人の引揚げの時期、及び九八五九号車に対する被上告人の留置権の違法行為行使等に関する上告人主張事実の有無を審理したうえ、被上告人に右自動車二台の再度引渡義務があつたかどうか、上告人に割賦代金の支払につきその責に帰すべき履行遅滞がなかつたかどうか、及び被上告人のした本件売買契約解除の効力の有無等を判断すべきであるにかかわらず、そのことなく、前記のように被上告人の右自動車二台の返還義務と上告人の割賦代金の支払義務とは同時履行の関係にはなく、上告人は割賦代金の支払を拒みうるものではないとして、この点に関する上告人の主張を排斥した原判決には、法令の解釈を誤り、ひいては審理不尽、理由不備の違法があるものというのほかなく、その違法は判決の結論に影響を及ぼすことが明らかであり、論旨は理由がある。

よつて、民訴法四〇七条一項により原判決を破棄し、更に審理をさせるため本件を原審に差し戻すこととし、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岸上康夫 裁判官 藤林益三 裁判官 下田武三 裁判官 岸 盛一)

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